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第三十九話 心の豊かさ

last update Last Updated: 2025-09-24 05:11:51

第三十九話    心の豊かさ

明治五年、十一月。 吉原も冬支度となってきた。

「もう寒くなったね~ 火鉢まだかな?」

「お婆がまだだって…… ケチよね~」 妓女の会話も寒さの話しばかりである。

大部屋で文衛門が采に話している。

「さっき聞いたんだが、暦《こよみ》が変わるらしいぞ」

「暦? どういうこと?」 采はポカンとしている。

この時代まで日本は太《たい》陰《いん》暦《れき》という暦を使用していた。

しかし、明治五年 十一月に政府が発表する。

明治六年、一月より太陽《たいよう》暦《れき》を用いて世界基準に合わせるということ。

太陰暦は月の満ち欠けなどを用いた暦であり、一年が三五四日となっていた。

季節の誤差も出てきて、政府は改暦をすることになったのだ。

「つまり、歳を取るのが遅くなった訳だね♪」 采は喜んでいる。

「そ、そうだね……」 今更……と、言いたげで苦笑いする文衛門である。

「ごめんください」 三原屋の玄関で声がする。

「はーい」 采が玄関に向かうと、

「まぁ、大江様……」

「どうも、お久しぶり」 大江が頭を下げる。

「どうされました?」 采が聞くと、

「いやね、玉芳に言われてコレを持ってきたんです」

大江は、大きな紙包みを玄関に置いた。

「これは?」

「紙です。 これで新暦の暦《こよみ》表《ひょう》を作れと言っていまして……」  暦表……現代のカレンダーである。

「??」 采はポカンとしていると

そこに禿の三人が玄関にやってくる。

「こんにちは。 大江様……」 梅乃が頭を下げると、

「梅乃ちゃん、良いところに来た。 玉芳から預かってきたんだけど」

大江は紙包みを見せる。

「これは?」 梅乃は紙包みを見る。

「これで、新暦の暦表を作りなさいって持たされたんだ」

「暦表ですか……?」 梅乃や禿たちはポカンとする。

「そう。 新しい暦は こうなるからね。 これを日めくりにするようにと玉芳が言ってたんだ」

新しい暦表を渡し、大江は帰っていった。

そして梅乃、小夜、古峰の三人は新暦の紙を読む。

その横には文衛門もいた。 子供たちでは読めない漢字があるからだ。

「今度は、一か月が 三十日と三十一日になるんだ……」

梅乃たちは旧暦さえも知らなかったが、新しい学びになると楽しんでいた。

そして、大江が持って来た紙に日付を書く。

少し多めだが、各月、日付を書いていく。

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